最強武将伝 三国演義の最近のブログ記事

-今週のあらすじ-

司馬懿亡き後、魏の実権を握ったのは司馬懿の息子司馬師・司馬昭であった。
蜀漢では孔明の遺志を継いだ姜維が度々魏の領土に侵攻していた。
司馬師は一進一退を繰り返しながら姜維の軍を押さえていたが、決着がつかないまま病の床に伏せ、息を引き取った。
兄の跡を継いだ司馬昭は、暗愚な皇帝である劉禅に、姜維に謀反の疑いがあると言う噂を流して姜維を足止めし、鄧艾と鍾会に命じて蜀への侵攻を始めた。
漢中を制した後、鄧艾と鍾会は互いに功を競い、剣閣を迂回し陰平から奇襲を仕掛けた鄧艾が成都を包囲し劉禅は降伏した。
剣閣で抵抗していた姜維は、降伏の事実を聞くと表向きは降伏の意思を見せながらも、巧みに鍾会の野心につけ込み、反攻の機会を窺っていた。
しかしながら、部下の反攻にあった鍾会は命を落とし、姜維も自害した。
ここに蜀漢は滅亡して魏によって併合されることになった。
時は過ぎ、司馬昭の跡を継いだ息子の司馬炎は曹奐に禅譲を迫り、国名を晋と改め、280年に呉を滅ぼし、ここに全土は統一され、三国時代は幕を閉じた。

-今週のあらすじ-

孔明亡き後の軍事権の掌握を企む魏延は馬岱を率いて、丞相代行の任に就き孔明の棺を守る楊儀の前に立ちはだかった。
自分の死後、魏延の反乱を予見していた孔明から預かった錦の袋を開けて中を読むと、そこには魏延に自分を殺せるものがあるか?と三度叫べば軍権を譲るようにと記されていた。
そんな事は容易いと叫ぼうとした魏延を馬岱が一刀の元に切り捨てた。すべては孔明の策略であった。
魏では孔明の死を感じ取った司馬懿が追撃をするものの木彫りの孔明の人形を本人と信じ、撤退していった。
その後、蜀では姜維が軍権を握り北伐の機会を伺い、魏では曹叡の後を継いだ曹芳が皇位についていた。

-今週のあらすじ-

五丈原の地に陣を築いた蜀軍はさまざまな手を使って魏軍を挑発した。
しかしながら、守りを固めて撃って出ることのない司馬懿であったが、諸将の不満は高まるばかりであった。
蜀軍の挑発に乗り、撃って出た夏侯和と夏侯覇は連勝し、戦利品を奪う勝利を重ねた。
それに油断した魏軍は出撃したが、すべては孔明の思惑であり、魏軍を動かすための策略であった。
こうしてますます守備を固めた司馬懿は、孔明の死期を悟り、持久戦の構えを見せた。
そして、234年8月、五丈原の地に諸葛亮孔明という名の巨星が落ちた・・・。

-今週のあらすじ-

呉が魏と同盟を結んで蜀に侵攻するという情報を受けた孔明は軍を引き上げ、成都まで舞い戻ってきた。
劉禅の前に馳せ参じた孔明は、すべては食糧の輸送が滞った李厳の嘘の報告であった。
本来ならば死罪に値するところであったが、先帝の信任が厚かった李厳であった為平民への格下げだけにとどまった。
そして3年の時を費やし、国力の回復が見込めた孔明は再び祁山に出兵した。
魏の大都督司馬懿は、孔明の出鼻をくじき緒戦を勝利で収め、再び持久戦に持ち込もうとしていた。
しかし、新しい木牛流馬という輸送兵器によって食料不安の無くなった蜀軍は、逆に魏軍の食料が尽きるのを待つほど余裕の構えであった。
均衡を崩したい司馬懿は策を持って孔明を揺さぶろうとするもすべて見破られ、逆に打ち負かされていた。
そんな中で、薬湯を飲みながら職務に当たっている孔明の姿を知った司馬懿は、孔明の死期が近いことを悟った。

-今週のあらすじ-

皇帝を名乗った孫権は、陸遜の進言により軍を北上させ、魏に攻め入る構えだけを見せ、蜀と魏の戦いによって疲弊したところを漁夫の利を得る作戦に出た。
孫権の真意を理解していた孔明は自ら軍を率いて、陳倉城を落とし、祁山にまで兵を進めた。
蜀軍の侵攻を恐れた皇帝曹叡は司馬懿を大都督に任じてこれに当たらせたが、孔明の前にことごとく策略を見抜かれて敗戦を繰り返した。
慎重な行動をとり始めた司馬懿の前には成す術もなく、食料が尽きた蜀軍は漢中まで軍を退いた。
そして翌年になり、食料を現地で調達する作戦に出た孔明であったが、その目論見を見破った司馬懿は防備に徹していたが、不思議な妖怪を連れた孔明が陣の前に現れて・・・。

-今週のあらすじ-

曹叡より直々に蜀への侵攻を提案された司馬懿だが、天候を理由に固辞し、蜀からの備えとして、陳倉城に郝昭を配することを提言した。
そんな折、楊州方面の軍事担当であった曹休から一通の書状が届いた。呉の周魴が寝返り、手引きをするから攻め込んで欲しいとのやり取りがあり、それに対する皇帝への伺いたてであった。
周魴の策略を見抜いていた司馬懿であったが、曹休との過去のいざこざから彼を陥れようと企み、この計略に乗るように曹休に進言した。
かくして曹休は周魴の偽の投降に騙され呉に散々に打ち破られた。
蜀では曹休の敗戦を知ると、2度目の北伐の準備がなされていた。そんなときに趙雲の死が知らされた。
落胆の色を隠せない孔明であったが、すぐさま陳倉城の攻略に取り掛かった。しかし、郝昭の守りは堅く一向に落とすことが出来ずにいた。
魏では、蜀軍の侵攻に対抗すべく自ら名乗り出た曹真を総大将にした軍勢が向かっていた。

-今週のあらすじ-

街亭の山上に陣を築いた馬謖軍であったが、周囲を囲まれた上に水路を絶たれ、士気が下がったところを魏軍に打ち破られた。
街亭での敗戦を知るや孔明は西城へ軍を退き、各将軍へ指令書を送った。
西城への撤退を見越していた司馬懿は15万の兵を率いて向かっていた。
一方の孔明は、守備兵は1500程度であったが、城門を開け、城壁の上で優雅に琴を弾いていた。
その様子を見た司馬懿は、伏兵を疑い軍を撤退させた。
その隙に漢中まで全軍を撤退させた孔明は、敗戦の責任者である馬謖を泣いて処した。

-今週のあらすじ-

姜維の才能を認め、何とか味方に引き入れられないかと画策する孔明は、彼の母親の居る冀県を包囲するそぶりを見せて姜維をおびき出すと同時に夏侯楙に姜維の裏切りを告げ解き放った。
こうして魏と蜀両方から狙われる身となった姜維であったが、孔明の説得に応じ蜀の軍門に降った。
姜維の計によって雍州一体を手にし、勢いに乗る蜀軍に恐れをなした曹叡は、司馬懿を復権させ蜀軍に当たらせた。
戦略上の重要拠点である街亭を抑えた孔明は、守備を任された馬謖に道筋に砦を築き魏軍の侵攻を食い止めるように命じた。
しかし、自分の才能を過信する馬謖は命に背き山上に陣を構えていた。
その布陣を見た司馬懿は、山を包囲するように布陣し始めていた。

-今週のあらすじ-

南蛮を平定し、後顧の憂いをなくした孔明はいよいよ魏に攻め込むべく北伐を開始した。
魏では、蜀軍に対抗すべく夏侯楙自らが総大将に名乗りを上げて軍を進めていた。
歴戦の将であった趙雲も時の流れには逆らえず、北伐の主力部隊から外されていた。
しかし、そんな処置に納得がいかない趙雲は自ら先鋒として出陣することを直訴し、鄧芝を副将として先鋒を務めることとなった。
老将となっても衰えることない趙雲は夏侯楙の軍を散々に破り、孔明の謀略をもって安定城を落とし夏侯楙を捕らえた。
夏侯楙の偽書によって天水城の馬遵を陥れようとした孔明であったが、馬遵の部下であった姜維はすべてを見通し、それを逆手にとって蜀軍に痛手を負わせていた。

-今週のあらすじ-

張嶷と馬忠が捕らえられたことを知った孔明は、趙雲らに計略を授けて祝融を捕らえることに成功した。
捕虜を交換条件にして張嶷と馬忠を釈放した孟獲であったが、今度は部下たちに自分を縛り上げてさせて偽装投降を持って挑んだが、計画を見通していた孔明には通じなかった。
再び解き放たれた孟獲は烏戈国を治める兀突骨に救援を頼んでいた。
矢や剣をまったく通さない藤甲鎧を着た兀突骨の軍に苦戦を強いられた蜀軍であったが、盤蛇谷へ誘い込み火薬をもった火攻めによって打ち滅ぼした。
そして7度目の捕縛となった孟獲であったが、すでに反逆の意思もなく心からの投降となり、ここに南蛮の平定が完了した。
成都に戻った孔明は北伐の計画を考えていたが、魏では曹丕が亡くなり曹叡が後を継いでいた。
孔明を警戒していた司馬懿は、雍・涼の2州の防備が弱いことを理由に曹叡の任を受け赴任しようとしていた。

-今週のあらすじ-

血気盛んな孟獲の軍を見て、じっと砦の中でやり過ごし、好機をうかがっていた孔明であったが、敵方の兵に油断が見え始めたのを機に撤退を命じた。
孟獲はこの時ばかりと追撃を命じたが、孔明軍は撤退と見せかけて孟獲軍の背後に回っていた。
こうして4度目の捕獲を成功した孔明であったが心から屈していない孟獲を再び解き放った。
銀冶洞の楊鋒を頼った孟獲であったが、彼はすでに孔明の味方でありあっけなく捕まってしまった。
孔明は、力比べをしたいという孟獲にもう一度機会を与えた。彼は木鹿大王の元を頼り、猛獣部隊によって一時は蜀軍を退けた。
しかし、南方には猛獣部隊がいることを知っていた孔明は、対抗兵器によって彼等を退けた。

-今週のあらすじ-

魏の討伐に向かうためには後顧の憂いを無くしておく必要があった。
南蛮の異民族を束ねて反抗の意思を見せる孟獲を臣従させるべく兵を起こした諸葛亮は、老将と称された趙雲・魏延の活躍もあり孟獲を捕らえることに成功した。
しかし、心から自分に臣従の意思を見せるまでは何度も解き放ち勝負を挑ませる、そんな策略をもって孟獲の心を捉える作戦がはじまっていた。

-今週のあらすじ-

孫権との戦いに敗退した劉備は、白帝城に逃げ込み、そこを永安と改めた。
程なくして病を発症した劉備は、丞相である孔明を呼び、国の行く末と息子たちののことを頼み息を引き取った。
魏では、国内の情勢が安定する前蜀に攻め込むべきと、南蛮の孟獲、羌族や孫呉に働きかけていた。
一方の蜀では、呉との国交を回復すべく、孔明の命を受けた鄧芝が孫権のもとを訪れていた。
蜀と呉の同盟こそが魏に対抗すべき最良の手段だと説き、納得した孫権は蜀との同盟を決意した。

魏では曹操が病死し、後を継いだ曹丕が禅譲によって国号を魏として皇帝となっていた。
一方の劉備も蜀漢をうち立て皇帝を名乗っていた。
関羽の弔い合戦のために呉への出陣を決意した矢先に張飛までも失ってしまった。
孫呉では蜀軍を迎え撃つべく、曹丕に臣下の礼をとり援軍の要請をしていた。
破竹の勢いで孫権軍を破る劉備であったが、孫権の全幅の信頼を預けられた若き大都督の陸遜は砦を堅守して撃って出ようとしなかった。
劉備が700里に渡り長い陣を敷いたのを見て、この時ばかりと火攻めもって撃って出た。
劉備軍は敗走し、趙雲の援軍によりかろうじて白帝城に逃げ込んでいた。

降りしきる長雨の中、低地に敷いた陣に不安を覚える龐徳であったが、今陣を移動すれば浮き足立ち関羽に攻め立てられる事を恐れは于禁は一向に動こうとしなかった。
川の堰を切り、于禁の陣を水攻めにした関羽は、于禁の軍を崩壊させた。
勢いに乗った関羽は、曹仁の守る樊城までもを包囲していた。
関羽の知略と武勇を恐れた曹操は都を移すことも考えたが、司馬懿にたしなめられ、孫権に使者を出して挟み撃ちにする計略に出た。
前後からの攻めにいたたまれなくなった関羽はいったん軍を引き、麦城に立て篭もっていた。
完全に孤立無援となった関羽の命運が尽きようとしていた・・・。

陽平関に逃げ込んだ曹操は、軍勢と兵の士気の上でも劣勢に立たされていたため撤退を考えていた。
思わず口をついて出た鶏肋(とりのあばら)と言う言葉を読み取った楊修によって撤退の準備が進められていた。
それを知った曹操は怒り、楊修を処刑してしまう。
楊修処してしまった以上、撤退する気は無いことを示すために劣性と知りながら軍を進めた曹操であったが、劉備軍に散々に蹴散らされてしまう。
曹操軍から漢中を奪いった劉備は漢中王を名乗った。
一方荊州では、北へと軍を進めた関羽。
于禁と龐徳を相手に荊州をめぐる戦いが繰り広げられていた。

漢中の張魯を降した曹操は、その勢いのまま益州の制圧を考えていたが、孫権の動きを考えて軍を引いた。
一方劉備は、曹操が益州にまで侵攻する事を恐れた孔明の策により、長沙を含めた3郡を返すことを条件にして孫権に合肥への侵攻を約束させた。
漢中に夏侯淵と張郃を守将として残し撤退した曹操であったが、すぐさま漢中に攻めてきた劉備軍によって夏侯淵を失い、撤退を余儀なくされていた。

葭萌関を前にして張飛と馬超という2人の英雄が対峙した。
昼夜を通して数百合打ち合っても決着が付かなかった両雄。
張飛と互角に渡り合う馬超を何とか味方に引き入れるべく、張魯に働きかけて退路を断った。
前にも進めず後ろにも引けない馬超は、旧友の李恢の説得もあり劉備の軍門に下った。
馬超が降伏したことによって戦意を喪失した劉璋は、戦うことなく成都を明け渡した。
益州を平定した劉備に対して、荊州の返還を求め呉より諸葛瑾が使者としてやってきていた。

雒城の攻略に苦戦していた劉備軍と合流すべく、水路から諸葛亮が、陸路からは張飛が軍を進めていた。
巴城一帯を支配していた厳顔は、張飛の挑発にも乗らず、城門を固く閉ざし、篭城の構えを崩さなかった。
攻めあぐねた張飛は一計を案じ、厳顔を誘い出しで捕らえることに成功した。
雒城で合流した劉備軍は、孔明の策略によって張任をおびき寄せて生け捕りにした。
いよいよ劉璋の守る成都に攻め込むことになった矢先、漢中の張魯と劉璋が同盟を結んだ知らせが入った。

劉璋の元に戻った張松は、曹操は張魯と同じく西川の地を奪おうとしているので頼るわけにはいかない、劉備ならばきっと力になってくれると説き伏せていた。
西川の救援という名目で軍を進める劉備であったが、張松の目論見が露見してしまい、足止めを食らってしまう。
そうなればと、力ずくでの益州攻略に出た劉備軍。
一方の孫権は、劉備の益州攻略の知らせを聞くなり荊州への出陣をしようとするも、母の呉国太がそれを制止した。
張昭の入れ知恵で妹は奪還したものの曹操が軍を進めてきた知らせを受ける孫権であった。

曹操の策略に乗せられた馬超は、韓遂に斬りかかり、馬超・韓遂連合軍は内部分裂によって崩壊し始めていた。
それを見計らって許褚が大軍をもって攻めかかったきたため、体勢を立て直す間もなく、馬岱・龐徳らを引き連れて撤退した。
韓遂を味方につけた曹操は、彼に西涼を任せて本拠地の許昌に戻った。

一方の劉備の陣営では、孔明と並び称される鳳雛が劉備の元を訪れるが、彼の素性を知らない劉備は地方の県令に任命していた。
その頃、劉璋には益州を統治する能力がないと考えていた張松はある思いを秘めて曹操の下に赴いていた。

周瑜の死を聞いた曹操は、再び呉への侵攻を企てていた。
しかし、南方への進軍に際しては、西涼で不穏な動きを見せる馬騰が気がかりであった。
曹操は馬騰を許都へ呼び出し、亡き者とした。
その知らせを受けた息子の馬超は、西涼の軍勢を上げて潼関まで迫っていた。
武勇にものを言わせる馬超・韓遂連合軍の前に苦戦を強いられる曹操軍であったが、策を持たない馬超軍に曹操の計略が忍び寄っていた。

魏の曹操、呉の孫権にとっても戦略上の重要な位置づけにある荊州の地を巡っての戦いが続いていた。
赤壁での敗戦後、国力の回復を待っていた曹操は程昱の進言により周瑜を荊州南郡太守に任命し、劉備と争わせることによって漁夫の利を得ようと計画していた。
一方の呉は、なかなか西川の地に進攻しない劉備軍に痺れを切らせて、自らが攻める不利をして荊州を奪おうと考えていた。
そんな戦いの中で、周瑜の身に悲劇が起こった。

劉備暗殺の機会を窺った兵士たちが潜む中、宴が開かれた。
劉備の風采と人柄を大いに気に入った孫権の母呉国太であったが、不穏な空気を察した趙雲の耳打ちで暗殺計画の事の次第を聞くと、孫権を激しく責め立てた。

呉国太の庇護の下、贅沢な暮らしをしていた劉備であったが、荊州の危機と知るとすぐさま帰る支度を始めた。
意を決した孫権の妹は、劉備と供に荊州へ向かうが、孫権の命を受けた追っ手が次々に襲いかかる。

荊州南郡を巡る戦いのは武力から知力を駆使した戦いへと移行してきました。
曹操軍に睨みを利かせながら劉備と争うことは得策でないと言う魯粛の説得もあり、しばらくは柴桑にて療養することにした周瑜。
そんな折、劉備が妻を亡くしたという話を聞いた呉では、孫権の妹を嫁がせるという口実で劉備を呼び寄せ、荊州との交換条件として人質にとるという策略を計画中であった。
計らいをすべて見通した孔明は、趙雲に計略を授け、劉備とともに呉へ向かわせた。

華容道にて待ち構えていた関羽の元に曹操の一行が到着した。
覚悟を決めた曹操であったが、昔の恩義を頼りに情けを請うと、義を重んじる関羽は曹操軍を見逃してしまった。

一方、赤壁以後の戦いの舞台は荊州に移され、周瑜率いる呉の部隊は夷陵や荊州の南郡を巡って曹仁軍との戦いを繰り広げていた。
漁夫の利を狙う劉備軍も虎視眈々と機会を窺っていた。

長きに渡って繰り広げられてきた赤壁の戦いへの前哨戦ですが、いよいよ今週ですべての決着がつこうとしています。
東の風が吹き始めた事をしきりに気にする程昱、しかし勢いのついた曹操の耳には届かず。
そこに黄蓋将軍の率いる船が近づくが、兵糧船にしては軽すぎる・・・
その事実に気がついたときには時すでに遅かった。

敗走兵をまとめ、許都に向かう曹操軍であったが次々に現れる伏兵に苦戦しつつ何とか逃げおおせた。
そして最後に現れたのはかつて恩を与えた関羽であった。

自らの連環の計と火攻めの計画を覚られたと感じた龐統は徐庶を殺害しようとするが、徐庶の真意を理解した龐統は曹操軍から離れるための一計を授けた。
すべての計画が整いいつでも開戦できるのだが、この時期に東南の風は吹かず、そのことで頭を痛めていた周瑜は心労から倒れてしまう。
周瑜の病の原因を知っていた孔明は自らが東南の風を吹かせようと祈りをはじめた。
長きに渡って繰り広げられてきた赤壁シリーズもいよいよ最終章です。

盛り上がりの度合いとして違いはあれど、正史・演義ともに見せ所のひとつである黄蓋将軍の偽の投降のための苦肉の策。
敵を騙すにはまずは味方からという鉄則に基づき、周瑜と黄蓋の真意を見抜いた数人だけで進行していく偽の投降計画。

一方曹操軍では、海上での戦い方に馴染めておらず頭を痛めていた。
そんな折、周瑜の手のかかったものとは知らずに当代きっての大天才と評される龐統を招きこむ曹操。
着々と赤壁の戦いへの布石が進んでいってます。

今週の最強武将伝三国演義は赤壁の戦いへの道第三弾!!
『周瑜、孔明をいじめる』をお送りします。www
おそらくこれだけで三国志のファンならわかるよねwww

内部情報に留めておいたはずの蔡瑁と張允の死、そして曹操軍の水軍の責任者が于禁と毛玠に変わった事まで全て見通していた孔明。
その才能に恐れを感じた周瑜は、無理難題を押し付けて何とか孔明を亡き者にしようとします。

赤壁の戦いに至るまでの前哨戦の第二段となる今回は、投降を勧めにきた蒋幹を使った周瑜の一計がメインとなってます。

孔明の才能を高く評価する一方で、江東にとっては将来大きな敵になりかねないと思った器の小さな周瑜はさまざまな策で孔明を亡き者にしようと画策中。

孔明先生の舌戦がこれほどあっけなく終わるとはwww
降伏派の主戦論者が張昭だってことはわかるんだけど、他の文官がみんな同じ顔www
最後のキャストのところを見たら、虞翻と陸績だけは名前があったけど、陸績ってあの場にいたっけ??
そもそも、孫権は降伏する気なんてないし、戦うつもりでいたけど、どうやって臣下の意思を統一するかに迷いがあっただけだと思うんですよね。
だいたい、孫堅・孫策の代から仕えてきたのってすでに老人だし、若輩の孫権じゃ頭が上がらんしねwww

やっぱり劉禅はアフォ顔だったwww
子供のころから、国を担えるような顔つきじゃないとは・・・www
投げ捨てることはしませんでしたねー。
ほんとは、地面に向かって投げ捨てた時の衝撃で、あんなヘタレになったんだと言う噂もあったのにwwww
それと、劉備と趙雲の『子はまた生めば得られるが、お前のような心は二度と望んでも得られない』と言うやり取りを期待してたんですけど・・・

ところで劉備と劉表のやり取りが全く描かれてないんですが・・・
だいたい劉表って出てきてましたか?
演義って言う名目なんですから、基本的に劉備の善人ぶりをアピールしていかなくては物語が成り立たないんでしょ。
となれば・・・
私は先が長くない荊州を治めてくれ⇒劉琦殿が居るではないですか⇒息子はダメダメなんで⇒では劉琦殿を補佐しますというくだりは非常に大事な場面でしょ??

ようやく、孔明先生の目が覚めたのですが、なんか様子が・・・
と言いますか、おれの中にある孔明のイメージと、このアニメの孔明がかけ離れすぎてますwww
声優さんの声質の問題もあると思いますけど、もうちょっと影があると言うか、落ち着いた感じにして欲しかったな。
それと、一応劉備軍の中では若輩なんだからもう少し謙虚さがないとダメでしょ??
なんだか劉備を差し置いて、俺様的な雰囲気が出ちゃってるし・・・。

さすがに今週はHDレコーダーが仕事をしてくれましたwwww
今週も砂嵐だったらマジで好きな武将ランキングでもやろうと思ってたんですけど・・・www
どのみち、アニメが終了する時には大々的に武官・文官別に好きな人物ランキングはやるつもりでいるので、軽く期待はしててくださいwww

今までは、事細かに映像として再現してきたのに、なんだか今週は急にナレーションメインで物語を急展開させようとしてるのがかなり気がかりなんですけど・・・

えっと、大問題が発生しました!!www
何でかわからないですが、いっつもHDレコーダーに録画してるんですけど、今日仕事から帰ってきまして、録画を再生いたしましたら、な、なんと!!!!
す・な・あ・ら・し!!wwww
マジで、ちょwwwおまwwwってなったわwwww
とりあえず、早送りしましたら途中から撮れてたんですが・・・・・・
だからちょいと、前々半の内容が分かってないwww
まぁーそんな感じでも、なんとなく内容は理解したので頑張って書きますとも。
そんなわけで、細かいツッコミはしないでね。
てゆーか、地デジ対応のHDレコーダーをいい加減買わないといけないなー。

感想を書いてるアニメの数が多いせいか、放送順に書けてないですね、さーせん。

三国志演義というのはそもそも、曹操を悪役に見立てて話が展開していくはずなにの、その曹操の人柄が非常に魅力的に描かれてるけど、そこらへんはどーなの??
おれは曹操の人柄が好きなんで、これはこれで納得の設定なんですけどね。
それに比べて袁紹の人間性が、やりすぎと違うかってくらいに酷いんですよね。
一応華北の4州を支配するほどの勢力を持ってたんだから、それ相応の人間性を備えてただろけど、判断力に決断力あたりが欠けて、猜疑心が強いってだけで、人としての魅力はそれなりにあったと思うんだよね。
まー、戦いの中ではそれって致命的な要素なんですけどねー。

胡班の父親からの手紙という話はいったいどーなった??wwww
関羽の宿泊先を焼き討ちする任務を受けた胡班は本当は父親からの手紙を関羽に見せられて、『忠義の人を殺すところだった』って言って逃がしたんだよ。
ゲームの天地を喰らうでも演出がちゃんとあったのに・・・。

さすがにこんなフィギュアは欲しくない!!www

アニメとか漫画を見て、思い入れが強くなってくると身の回りにそれ関連のグッズを置いておきたくなるのって人間的にごく当たり前な心理です。
がしかし!!
さすがに造形が・・・www
武器シリーズがもっとリアルサイズならちょっと考えちゃうかもwww
中学生の頃に、友達とチャリに乗りながら三国志の一騎打ちごっこをしてた痛い記憶が蘇るよww

ところで文紐って誰??www

陶謙から譲られた時には謹んで遠慮したのに、袁術討伐後には勇んで徐州を占拠って言うのはこれ如何に??www
どれほどの軍勢を持っていたのかはわからないけど、あっさりと徐州を制圧できたんだから車冑って言うのもそれほど曹操の影響があった上で徐州を守ってたわけじゃないって気がする。
車冑って徐州の刺史だったけど、ほんとに徐州を重要視してるならもっとまともな将軍クラスを太守に据えてるだろうしねー。
そもそも、刺史っていうのはそれほど権力がないんじゃないの??牧とか太守とかって言う立場との違いがイマイチわからんけど・・・。
とは言え、徐州ってそんなに重要な地か??www
架空モードではじめるときは荊州の南郡か漢中あたりから始めるけどwww

まさかまさかの張飛の恋事情www
何でこんなところでこんな話を入れてくるんだろう・・・
レッドクリフも無駄に周瑜と小喬の恋物語を演出しすぎて若干萎えたけど、こっちもそんなことをやるつもりかと思ってた・・・がしかし!!

ちょっとばっかり不安と言いますか、気になってることがあるんですよね。
事細かにアニメにするのは非常に嬉しいです。呂布の滅亡へのシナリオも描写が細かくて、本来ならささっと負けて斬首のくだりに向かうのですけど、意外なほど細かくって・・・。
これって、赤壁の戦いでおわらねーか???www
なんかさーOPの映像を見てると最後は赤壁の炎上シーンでしょ。
となるとまさかの赤壁エンドって言うパターンがすごく濃厚な気がしないでもないだよね。
アニメの横山光輝三国志と同じルートだけはたどらないでくださいマジでwww
別に1年かかってもいいんでせめて蜀が滅びるところまでをやって欲しくない??
だって赤壁って、まだ三国志じゃないじゃんww

あの呂布がやっていた方天画戟を射抜いたらお互いに兵を引くという駆け引き、あれは本当にあったみたいですね。
だとしたら、やっぱり呂布はすごいねー。
ところで綺麗じゃない紀霊将軍(これ絶対みんな一度は言った事あるよね??ww)って袁術軍の中ではそれなりの能力(たしか武力と統率80前後じゃなかったっけ??)だったけど、この呂布と劉備と紀霊のやり取り以外は一切の記述が存在しないという謎の武将なんだよね。

そして今週は、典韋の最大の見せ場となる宛城を巡る戦いでございます。

『ねー知ってるー、張飛って大酒を飲んで失敗したって記述はどこにもないんだよー』
毎日ひとつー豆知識ランランランってことで、豆しばのテーマにのって情報を提供してみました。

ほんとに張飛って勇猛果敢だったけど、酒に飲んで暴れると言う情報(あくまでも正史)は記述されてないんだよね。
文官タイプには媚びへつらい、部下や兵卒に対しては非常に厳しい態度で臨んだ上に、よく処刑してたんだってね。しかも罰を与えた兵卒を何事もなかったかのように自分の側に仕えさせるようなことをしてたんだよね。しばしば劉備にそれを注意されてたんだけど、結局最後には・・・

今回は、三国志に興味を持つきっかけのことをちょっとお話しておきますNE☆
一昔前だと吉川英治さんの小説版の三国志か横山光輝さんの漫画及びアニメ三国志で、ゲームに興味持ってた人は、ナムコの三国志か光栄(現コーエー)から発売されていた三國志あたりから入り込むのが常道なんだけど、最近だと一騎当千とか恋姫無双とかから入る変わり者??もいるんじゃないでしょうか??
あ、あと三国無双シリーズから入ってイケメンと勘違いする残念な女の子たちもいるんかな??ww
ちなみにおれはコーエーの三國志から入ったタイプでした。
コーエーのシリーズは1から11まではやりこんだし、ナムコのやマニアックな三国志のゲームまでほとんどやってるんですけど、最近のはなんかもう進化しつくした感じだよねー。
ちなみに横山光輝さんの三国志は60巻すべてあったのに・・・今はいずこに??www

三国志をアニメ化にする場合、大まかな流れをナレーションで済ませるって言うのが基本的な主流になると思ってたのに・・・。
想像してた以上に細かな部分まで描かれてることにかなり驚いてるだよね。
だって、横山光輝のアニメ版だってかなりカットされてる部分多いし、その点では結構期待できるかもしれない。
ただ、ちょっと前の三国志の記事にも書いたけど、文官の性格って言うか台詞がなんか飄々としすぎてリアリティに欠ける感じがするんだけどどうでしょう??
武官は異常に血の気が多くて、文官はなんか知らないけどアホみたいに明るいっていうwww

演義の作り話と言えど、この董卓と呂布と貂蝉を巡る闘いを見ていると男ってアホなんだなぁーと実感www
しょうがないんだからね、世の中の女の子たちに言っておくけど、隣で聖人のような顔した彼氏も彼女以外の女の子の裸を見ればたちどころに下半身は・・・。
そう言うふうにできているwww(byとらドラww)
そこから踏み出すか踏み出さないかはあくまでも理性の話であって、実際に心と体は別の反応をする生き物なんですよww
歴史上をみて、女帝って言われてた人たちって逆に美少年とか集めてたりしたんかなー??
今度ちょっと調べてみよっと。

三国志演義においては物語のエピローグが桃園の誓いだとしたら貂蝉をつかった美女連環の計が一番初めの見せ場的な扱いなのかね。

しかし、中国っていうのは処刑方とかが残虐な感じが拭えないんだけど・・・。
とは言ってもヨーロッパの魔女狩り裁判や鉄の処女とかの処刑道具の歴史を見ると結構きついんだけどねー。
そう考えると日本はまだまだなんかな??

燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんやって名言はそもそも曹操が陳宮に向けて語った話じゃないんだけど・・・。
陳勝呉広の乱を起こした陳勝が仲間に向けて語った話なのにさー。
三国志を知りたての当初は陳宮って好きな武将の一人だったんだけど、よーく考えると人間や時代を見る目が無かったかわいそうな参謀って感じだよね。
だって呂布ですよ呂布。
あんなのを支えようと必死になるってどーなん??www
たーだ、正史の陳宮は結構野心家で曹操の留守をついて張邈なんかと一緒に反乱を起こしてるしね。
おれの大好きな荀攸が陳宮は判断力が鈍いって評してたんだけど、たしかに時代を見抜く目は皆無だったんかも・・・。
それに比べて曹操は陳宮の母親を最後まで厚遇して、娘も嫁ぐまでちゃんと面倒を見てるんだよねー。
まー演義じゃそんな曹操の良い面は語られる訳も無くww

前回の感想にて、迂闊にも安っぽいディズニー映画みたいな映像だって言う発言をしたことを謝罪せねばなりませんね・・・。(・ω・;A)アセアセ...
まさかそんなところにツッコミを入れられるなんて思ってなかったのでwww
確かにディズニー映画ってちゃんと見たことないし、適当な発言でしたね、さーせん(適当な謝り方だなぁww)
いあ、でも一回見たほうがいいよぉー、ほんとになんかディズニーみたいな感じなんだもんww

日中合作って言う名目なんだけど、どーみても中国っぽい色が強すぎる・・・。
なんてゆーかキャラクターの動きがおかしいし、絵的に安っぽいディズニー映画に見えたりとツッコミどころが満載www
そんな文句が噴出しそうだけど、三国志ってもともとがそんなものだしねー。
ましてや、話のベースが演義となったらしかたないし・・・
むしろ正史をベースにドラマやアニメにしたら普通の三国志ファンは物足りなさ過ぎると思うよね。

他のアニメと違って、キャプチャーを見せる必要もないので感想だけで綴っていきたいと思います。

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Author⇒蒼井さくや
年齢⇒荒ぶってる中年(泣)
性別⇒♂
血液型⇒典型的なO型
《蒼井さくやの商品タグ》
R-18 荒ぶる中年 人生空回り
変態という名の変態 リア充
衝撃のラスト 大体こいつのせい
またお前か 愛すべき馬鹿
病院がこい この発想はいらなかった

こんなタグが付けられる人間だそうです(しずかちゃん談w)

【ばにら☆そると(仮)の概要】
ゲームのプレイ日記からアニメや漫画の感想をあくまで個人的な目線で書き綴っております。
競馬予想、時事問題、日記から全てがごちゃ混ぜなのでお好きな商品をお召し上がりください。

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